
八年前、詩集『死刑宣告』が出た時、人々は驚動して「これこそ詩のエポックである!」と叫んだ。八年後の今日、われわれは一冊の『斷片』を手にして、これこそ真に生活し行為する者の革命の書であると叫びたい。
五十九の斷片。
それは四部に別たれ、著者のメモに依れば「一九二二 ── 一九三〇の間に散逸的に書かれているもので第一部は七八年前のもの」である。即ち第一部の十一の斷片は『死刑宣告』直後のものである。
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第一部。十一の斷片。
これらがあの多彩的な、文学的な詩作の直後に書かれたものであることは極めて意味深い。単に形式の飛躍のみでない思想の、確たる進行を其処に見るのである。新しい精神は新しい形式を創造する。われわれがこの十一の斷片を読んで等しく感ずるのは、これらが、肉体的であるといふ点であらう。それは肉体を以てする抵抗者の歌である。皮膚の感傷はそこに無い。皮膚の微温もそこには無い。それは鍛練された鐵の意志を持つ。「涙は出切った、別の人になった。戦ふ人になった」著者の、ぎりぎり引きしぼる発矢である。斷片の一。これは戦ふ母の歌だ。彼の『死刑宣告』に見る「ああ愛は己に終了され、再び母の胸を踏る」歌ではない。思想の、確たる認識は、かくまで深められて母と子供を結びつける。
斷片ノ一、斷片の二、斷片の三。われわれは愛が地面に浸透するほど深いのを知ってゐる。

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