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『第二』5号

『第二』第五号の詩をガリ板で二十頁分書き終へたのは土曜日の夕刻であった。すでに暗くなった窓の外に眼をやって、僕はくたびれた手を休めた。今夜は尾形君の詩集の会があるのだと知っていても一銭も持っていない僕はどうしやうもなかった。きっと行けると思って友達に出したハガキのことも悔まれた。悪いけれど仕方がない僕は本当に行きたかったのだ。行って久しく会わない友の誰れ彼れと会いたかった。さびしかったのでそれより仕事だと思った。午後一時から七時までぶっつづけでガリガリやった。そしてやっと終へた。 

…………草野心平の四号への批評引用 

何よりも理屈よりも僕は今日の自分を信じたい。 
六月八日 


「手紙 ──猪狩満直君におくる」 坂本七郎 

尊い、いそがしい生活の中から『第二』への原稿とお手紙有難う。いま私は暗い雨の夜の、汽車の響きのガタガタの中の、町裏の小さな下宿の部屋で、はるかに、遠い兄を偲んでいます。どんなにかあなたと語りたく思うでしょう!何ものにもまして私共の欲求する、正しい、真実な社会、それは私共小数な集団から、次第に大きく拡がる輪となるものであり、そしてそれはあなたの耕作のための血マメの手で書かれた一篇の詩を通じて、我々数十人の仲間、友達へ、その胸から胸へ火華を散らして燃えゆく一つの導火線となり、また励み合い力付け合う暖い強い愛の言葉として伝わりゆくのであります。まことに私共の詩は、最早単なる詩一個でなくして、我々の生活全体であります。これは何等の誇張なく感ぜられます。……… 


『第二』7号


『第二』六号の、竹内、神谷両君の作品には誰れも打たれました。岡本潤君からは直ぐ手紙が来ました。竹内君の病気はよくありません。「午後から発熱して分からなくなるから、熱の出て来ない内に急いでこれを書いた」と言って寄越したのが七号の詩です。どんなにかくるしいでしょう。私がこの前尋ねた時、自分の仕事が水の分析試験なぞであり種々な劇毒薬を使っていることを話したとき「モルヒネありません?」と聞いた竹内君の顔を私は今も忘れません。ああ然し私は竹内君にそれを送ることを躊躇せずにはいられません。こういうことは本当に私共の心を苦しませることです。 
『南方詩人』の今度は、竹内てるよ号にする相ですが非常にいいことです。彼女の詩集に就いては『学校』六号で草野が二頁書いていますが実に適切な文章で、私は読んで、自分の言いたいことをすっかり言って貰ったときの歓喜にうたれました。尾崎喜八氏も『自由漁支』に批評を書かれるそうです。また懸案になっていたマルチネ抄をいよいよ出版され、それを竹内君のため寄付されるそうです。これは実に感謝すべきです。 
いろいろ書きました。もう今夜は一時に近いようです。信州からの上り列車が、今八王子駅に着いたようです。駅夫の呼声がします。蚊がひどいのと、さすがに少し疲れてきましたから、それではこれで筆を止めます。どうか、元気で働いて下さい。終りに、私の好きなルイ・フィリップの、 
  「人生のすべての事は、情熱をもって体験されねばなりません」 「世界に対しては狂える者の如くに振舞い、何者にもまして友を愛すべきです」 
という二つの言葉を投げます。あなたの親愛な馬そりにどうかよろしく。さようなら。 
(八月十三日) 

  元気ですか。私も元気です。 
  原稿をどうか送ってください。 
  私を、石炭のない汽罐にしてくださいませぬように。 
  この雑誌を、手紙と原稿依頼に代えます。 


『第二』8号


<鐵筆者の辯> 
七号が大変遅れてしまったので、八号は早く出したいという気持と、それより、この数日来私を駆り立てる発火のようなものに私はひどく昂ぶり性急になっていて、じっとしていられません。それで原稿を、ほとんど到着順にコッピイしています。従って編集の点はゼロです。…………… 
それから、今号は、手紙や意見のようなものが頁の半を占めることになると思います。竹内君のものは、題も書かれ、原稿紙に清書してありますのでそのままのせさせて頂きました。………以上。 


<九月二十五日夜 (後記)> 
夜の暗黒がすぐ前面にあります。あらゆる生きるものの悲哀、苦悩、それらを押し包んで静もる闇、そして私は、九月二十五日の夜、きょうまでの仕事の一区切りの小さな安息のひと時を、窓に向った机の、うすぐらい電燈の下で、この後記を書きます。 
このような夜は、孤独をふりきってまっしぐらに駆り立てられる友への熱情を、私はただ震える手で筆に任せるのみです。溢れる親愛の心で、私は友をおもいます。私の、この貧しいささやかな仕事への熱愛も、正しき真実な社会の建設者であるべき、位置せられたる礎石の、鉄の、一個の、真率な魂を抱いて生き闘う友への絶大な友愛に外なりません。__離れていることが何でしょう!私は距離を感じません。もしもあなたが二百里を地図で示すならば、私はお互いの間にそれだけ「なさねばならぬ暮しが在る」事を思いましょう。私はそしてお互いの「点在」を感じません。はっきり結ばれている胸と手を感じます。この、いま私の身体をほてらしているものは何でしょう。私の血です。私は私の血に誓って、なさねばならぬ多くの事を感じます。私は、いまの私の生活、日曜日が安息のために在るというような生き方を恥じます。私は自分を弁解して「方便」だと言います。私はケチな愉悦や物質的な欲求や(欲心や)、単に自分のためだけであるそれ等その他のものを自身に発見せぬでしょうか。少年の頃トルストイを読んで我が喰う麦を作り得るに足る土地の所有をこう定した私は、その単純な●理を、今はどう行って居るでしょうか。……… 

『第二』はようやく、今や私の意図するところに近づきました。あなたの体温、あなたの生活、あなたの胸の鼓動をそのままうつし得たことです。雑誌になるとことではありません。 

今号は多くの方から執筆して頂きました。それで私のプリンティングが少しくたびれたと云うので次号に、小森、金井、湊の諸君の原稿を譲りました。「汽罐」はあまり熱しすぎてプライミングしています。このような愉快はありません。 
次号もなるべく早く、遅くも十月末までに出し度く思います。どうか、原稿をお送り下さい。元気を祈って居ります。 
   千九百貮拾九年十月刊行 「第二」第八号號(非賣) 
   八王子市子安町子安館内坂本七郎 印刷及発行 


『第二』9号

<後記的に>  坂本七郎 
A『詩と生活』の問題に就て 
  略(草野心平とのやりとり) 

B 二つの詩集と五つの雑誌 
  猪狩満直の『移住民』と竹内てるよ君の『叛く』に就いては『第二』なぞで言う必要もなく云っても大した広告にもならないと思うけれど、『叛く』の再版(活字版による)は是非とも実行したいと思う。そしてその売上げ(この言葉はむしろ楽しい)をみんな竹内君の食事や注射代に出来たらどんなにわれわれは本望だろう。猪狩君の『移住民』は驚異以上だ。………『学校』『一千年』『壁』『冬至夏至』『南方詩人』これらの雑誌は今日では味噌や塩のようにわれわれに必要だ。……… 

C 転居その他 
子安町から転居した。上野町七十四松井方。ハガキが買えぬから『第二』九号で転居通知に代えます。ついでといっては失敬だが、芝山群平君が八王子へやって来た。今一緒にいる。彼の仕事場とは木柵の針金だけの近距離だ。がんばると言っている。がんばらしたい。そして『第二』の今度の発行に当っても彼には一方ならぬ面倒をかけた。僕が書き、交代で印刷し、製本し発送するのである。 

D その他 
この「後記的に」は、いきなり原紙へぶつけ書きするので、僕のような文章の拙い人間には非常にやり切れない事なのだが、今夜は雨も降って来たし、役所の(水道事務所)宿直部屋の電灯は実に暗く、時計は十時を報じているのでどうしても性急にさせられる。書きたいことは沢山ある。第一にいつも原稿を送って貰ってもろくなお礼も辺辞も出せない詫び。竹内君の病状の報告。今日来た神谷君からの便りによると、 
   竹内君はこの頃すこしづゝ快い方へ向っている。竹内君も「きっとよくなる」と言っている。歩くけいこをしている。野菜を買いに行った帰り富士を見たので竹内君にその話をしたら『山がみたい』ときかないので、手をひいて土手まで出た、そしたらてるよ君はうれしそうにきよろきよろ見廻して涙ぐんでいた。 

というようなことが書かれてあった。僕は読んでいてつい涙ぐんでしまった。本当にもう一度健康な身体にしたいものだ。 
それから、十号は今年中に出したいと思いますから、どうか書いて下さい。それからあなたの親しい真実なお友達でこの雑誌を見せたいと思う人があったら知らせて下さい。今、丁度六十人の仲間にわけています。いつも一部も残りませんので折角云って来られても送れないことがありましたが、先に云って下さればその分も刷ります。それでは、どうか元気で、くれぐれも御健康で。僕も頑健で仕事し勉強しています。 
一九二九、一一、六 夜記、 


  「第二」  第九号 (非売) 
  発行人 八王子市上野町七十四松井方 
  印刷人  坂本七郎 
  一九二九年十一月十日発行 

 


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